
自己受容ー”私”の土台づくり
自己受容は、一生です。毎瞬毎瞬の自分の感情に向き合う以外に、方法はありません。
自己受容は、義務ではありません。やるのも自由、やらないのも自由。
普段、私たちが見聞きし、生きている、現実と感じている世界は、
多くの場合が、『事実+ジャッジ』で成り立っています。
好き=◎/嫌い=×、楽しい=◎/苦しい=×、正しい=◎/間違い=×
ジャッジ、本当に必要でしょうか?
✓好き、嫌い は、以上でも以下でもなく、好きor嫌い である だけ、に過ぎない。
✓楽しい、苦しい は、以上でも以下でもなく、 楽しいor苦しい と感じる私の感情である。
✓正しい、間違い は、以上でも以下でもなく、ただ、そうである。 ということ。
ただ、そうである、を、受け入れる。
『 =×』 であることって、受け入れずらくないですか?
喜び、怒り、哀しい、楽しい すら、全て並列です。
ただの感情の種類に過ぎません。
ネガティブ=×、ポジティブ=◎ では、ないです。
どれも悦びです。
ネガティブも、『 =×』ではなく、
以上でも以下でもないものとして、ただ受け入れるんです。
私の体感として、未受容の感情は、手を変え品を変え、
受容できるまで何度も持ち主の前に現れます。
だからこそ一発勝負じゃない。世界って、本当に優しいですよね。
起こることは全て最善です。
私は、自己受容を、もっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。
私は、出産を機に、夫との仲が悪化していき、その苦しみの中で、
本気で、自分自身と、自分自身の感情と、向き合いました。
6か月かかってようやく、
『他人からの評価のために生きていた私、自分の正しさを証明するために生きていた私』
である自分に気づき、
そんな自分を知り、
それを、以上でも以下でもなく、ただそうである、と受け入れました。
受け入れる過程で、それまでに感じてきた悲しい、悔しい、苦しいetc…を感じ切り、
なぜそう感じるのか?私のどんな前提が私にそう決めさせているのか?を探し、
それらをひとつひとつ、自分でで書いた新しい前提に決めなおしをしました。
そうしてから、とても幸せに毎日を生きています。
満たされた気分を感じることがとても多くなりました。
自分と向き合うだけで、家族や周囲への感謝の気持ちがあふれてくるという経験もしました。
娘や主人は、もちろん私も、とてものびのびと生活しています。
そして今、いろいろなことが大きく循環し始めました。
なにを始めるにも、まず、土台です。
自己受容は、土台作りです。
『事実+ジャッジ』の見方で、いまここまで幸せに生きてきて、
これからもそう生きたい人は、そのままで生きていいんです。
自己受容は、義務ではないですから。
自分で決めて、変わろう、と本気で思ったひとは、そう思ったときから、
『事実=以上でも以下でもなく、ただ、そうである』を、採用してみませんか?
私たちは、ボタン一つですぐシステムが書き換えられることはありません。
特にコツがつかめるまでは、くるしい、面倒、と思うこともあるかもせれません。
子供の食器洗いと一緒です。
でも、続ければかならず、早くシンプルに当たり前にできるようになっていきます。
その過程で、あなたに勇気や元気をもってもらえる
きっかけになれれば、わたしにとって、そんなに嬉しいことはありません。